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生駒(いこま)は日本海軍の未成航空母艦。雲龍型航空母艦の6番艦(第5007号艦)〔。艦名は奈良県と大阪府にまたがる生駒山にちなんで命名された〔#聯合艦隊軍艦銘銘伝(普及版)pp.78-79〕。艦名は装甲巡洋艦(のち巡洋戦艦)「生駒」に次いで2代目〔。 候補艦名に妙義があった〔参考文献「#片桐大自(1993)、78頁」(項目名:天城)によれば、遠藤昭の「世界の艦船」No.129 掲載記事にもとづく候補艦名。〕。 == 艦型 == 第5007号艦(生駒)から第5015号艦の9隻は、計画番号はG16と第5006号艦までの雲龍型と同一ながら、若干の計画変更がされている〔。このため文献によっては区別している場合もある。例えば#戦史叢書88海軍軍戦備2では「天城」から「阿蘇」までを飛龍型、「生駒」以降を改飛龍型と記述している〔。また#日本航空母艦史では生駒の写真説明で「雲龍改型の第1艦で」と記している〔#日本航空母艦史p.99〕。「一般計画要領書」でも「第302号艦型(飛龍改)(5)」(第302号艦は「雲龍」のこと、(5)は建造数または計画数)とは別に「第5007号艦型(飛龍改ノ改)(9)」(同じく「生駒」型、9隻計画の意味)の項目を立てている〔。 電源は、第5006号艦までは「飛龍」と同じ直流220Vだったが、本艦以降は当時の新造艦と同じ交流440Vとされた〔#海軍造船技術概要p.265〕〔#海軍造船技術概要p.267〕。これは機器の調達の関係での変更とされる〔。 ミッドウェー海戦の戦訓から爆弾、魚雷は直接飛行甲板に揚げることになり、本艦から揚爆弾筒と揚魚雷筒は新設計のものが搭載される計画だった〔。このため爆弾庫や魚雷調製所などの配置が変更となった〔。 本艦の機関は「一般計画要領書」によるとボイラーが「一号乙300型ロ号」、タービンが「一号丙300型タービン」となっている〔が、重巡「伊吹」搭載の艦本式ボイラー、艦本式タービンと同一の機関だった〔。福井静夫によれば、本艦は機関の交互配置を採用する予定だったという〔#日本空母物語p.275。「ほかに川崎重工艦船工場建造予定の艦では戦訓により機関室の交互配置(中略)の予定であった。」〕。 #海軍造船技術概要によると甲鈑製造を簡易化するために舷側装甲は55mmCNC鋼に統一されたという〔。ただ「新艦船主要要目一覧表1」によると弾薬庫舷側が「天城」で140-50mmNVNC鋼であったのを55-46mmCNC鋼に25mmH鋼を合わせた物に変更とされ〔、また「一般計画要領書」によると機関室甲板の装甲が25mmDS鋼から25mmCNC鋼に変更とされている〔。これらによると板厚の統一はされていないがCNC鋼の使用増加の点では一致している。 搭載機は計画時より烈風、流星、彩雲の新型機とされた〔。「阿蘇」までの各艦は零式戦闘機、九七式艦上攻撃機、九九式艦上爆撃機で計画されていた〔。 これらの変更で排水量は天城の公試20,400トン(計画)から50トン増えて、公試排水量20,450トンの計画になった〔。吃水も同じく公試の計画7.82mから7.86mに増える予定だった〔。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「生駒 (空母)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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